同期会・同窓会ひろば

【平成11年卒】『応仁の乱』の著者、大河ドラマの時代考証の担当に!
投稿者:齊藤 亮輔(平成11年卒)
2020年11月24日(火)

私の友人である呉座勇一君(平成11年卒)が、このたび大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の時代考証を担当することになりました。
これは、去る11月21日(土)、NHKの番組公式ツイッターで発表されたものです。

現在、国際日本文化研究センター助教である呉座君は、2016年に『応仁の乱-戦国時代を生んだ大乱』(中公新書、900円+税)を世に送り出しましたが、同書は48万部突破の大ベストセラーとなりました。また、今年に入ってからも、『日本中世への招待』(朝日新書、850円+税)を著すほか、講談社刊行の学習まんが『日本の歴史』(全20巻)でも監修を担当(第6~9巻)するなど、大活躍を見せております。

今回呉座君が時代考証を担当する「鎌倉殿の13人」は、鎌倉幕府の第二代執権である北条義時が主人公です。源頼朝にすべてを学び、武士の世を盤石にした男。野心とは無縁だった若者は、いかにして武士の頂点に上り詰めたのか――新都・鎌倉を舞台に繰り広げられるパワーゲームを描くドラマです。脚本は三谷幸喜さんが担当、主人公の北条義時は、小栗旬さんが演じます。

NHKの発表を受け、呉座君は「時代考証は、三谷さんの台本を読んで事実関係とか言葉遣いの間違いを指摘したり、『この時代の慣習ではあり得ない』などと意見を述べたりする仕事。とはいえ、脚本家と時代考証は対立関係ではない。面白いドラマを作るという目標は同じだから、『こうしたら良いのでは』という建設的な提案もしていく。あくまで裏方だが、よりリアルな歴史ドラマになるよう尽力したい」と、さっそく意気込みを述べております。
なお、今回の時代考証は、呉座君の外、坂井孝一氏(1958年生まれ。創価大学文学部教授)及び木下竜馬氏(1987年生まれ。東京大学史料編纂所助教)も担当されるとのことです。

「鎌倉殿の13人」は、2022年1月放送開始(予定)です。今から放送が楽しみですね。

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今回はノンタイトル戦
投稿者:国井信男(昭和62年卒)
2020年11月9日(月)

11月8日、海城六二会コンペを開催しました。1995年ごろに始め、あるときからは海城六二会コンペと銘を打ち、今は年に1~2回やってる息の長い大会。毎回参加のメンバーの他に、何人かの初出場や時々参加を加え、8~10人で開催しています。春は新型コロナウィルス感染拡大の影響で中止しましたが、きっちり対策をして開催にこぎつけました。

今回の優勝は伊藤和寛選手。そして気づくと優勝カップがない!考えてみたら、前回チャンピオンの古市基彦選手は仕事で欠場でした。
そのため、今回はノンタイトル戦ということで、第11代チャンピオンの誕生は次回へ持ち越しに。次回こそ、12人以上の盛大なコンペをやろうと誓い合い、お開きとなりました。

次回は2021年05月。同期みんなの参加求む!

今回の参加者
北嶋義人(1組)・河島浩平(2組)・伊藤和寛(3組)・国井信男(3組)・景山昇一(3組)・志摩渉(4組)・佐々木雅人(6組)・松村学(6組)・大図泰広(9組)

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昭和58年卒6年8組クラス会
投稿者:奥村周永(昭和58年卒)
2020年10月30日(金)

昭和58年卒6年8組(担任:黒木先生)のクラス会を1月18日(土)に新大久保にある居酒屋鍛冶屋文蔵にて開催しました。
6年連続の開催となりましたが、今年も新たなメンバーが参加して、ようやく16名の輪が出来ました。
3時間皆好き勝手に喋って騒いだ後。来年の再会を期して散会しました。

【参加者】会田、大島、奥村、尾又、小俣、高橋、中溝、花田、堀、堀内、深沢、村松(12名、敬称略)

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【訃報】末吉道郎さん
投稿者:広報委員会(昭和62年卒)
2020年9月14日(月)

末吉道郎さん(昭43卒)が9月10日(木)昼過ぎに71歳で逝去された、との情報をラグビー部OB会から報告いただきました。

葬儀に関する情報は以下の通りです。

※通夜・・・・9月18日(金)午後6時~午後7時
※告別式・・・9月19日(土)午前11時~正午
※場所・・・・臨海斎場(東京都大田区東海1-3-1
       TEL 03-5755-2833
       喪主末吉美代子(奥様)

ご供花の問い合わせは品川合同葬祭(株)になります。

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海城の森を訪ねて
投稿者:国井信男(昭和62年卒)
2020年7月4日(土)

現在の海城の修学旅行は沖縄だそうだが、30~40年ほど前は北海道と九州のかわりばんこで、私の時(昭和60年)の修学旅行は北海道だった。まだ青函トンネルはなく連絡船が活躍していたころの話である。
札幌、層雲峡、網走と巡り、日高町では農家に民泊をした。日高町を離れる朝、「海城の森」と書かれた看板のある苗木が植えられた山にバスで立ち寄ったことを覚えている。
海城の森はどこにあるのだろう、今どうなっているのだろう。日高町を訪れてみた。

実は、今回の訪問は偶然であった。新型コロナウィルスの対応で東京から他県への移動が可能になったタイミングで私は早めの夏休みを取り、北海道へ向かった。旅の様子などをSNSに投稿していたところ、それを見た年齢の近い海城OBから「海城の森はどうなったのかな?」などという話が出て大いに盛り上がった。「北海道旅行の際に日高町に立ち寄ったが見つけられなかった」とか、「自分は見つけた」とか、みんな海城の森の行く末を気にしていた。

そのような盛り上がりに私も興味をそそられ、急遽、日高町を訪れることにしたというわけだ。まずは日高町の役場に赴いた。すると、アポなしだったにもかかわらず、海城の森について色々と教えてもらえた。海城の森は日高町と海城学園が結んだ契約。海城が町有地にトドマツを植え、それを日高町が管理し、木が十分に育ったときに日高町と海城で収益を分配するというもの。
当時の資料を見せてもらえた。海城の森は昭和60年から昭和113年までの契約であった。なんと、私の学年の修学旅行から海城の森が始まっていた。当時、私は生徒会長を仰せつかっていたのだが、知らなかったか全く忘れていた。なお、看板の除幕式は同期で生徒会副会長の横川くんのお役目を行われたということがSNSで彼から連絡をもらい判明。これは間違いない。
昭和113年なんてそんな先のこと分かんないよ!と昭和60年当時なら言うかもしれないが、気づけば昭和113年の年まであと18年。結構リアルな残り時間だ。健康でいたならば伐採の時は立ち合いたいと、これまた同期とSNSで盛り上がった。

実際に、海城の森に行ってみた。植林から35年である。苗木だったトドマツはすっかり大木になっていた。こりゃあ自分も年を取るわけだと納得。
海城の森の収益の海城の分は基本的に日高町へ寄付するらしいが、私はそれでいいと思う。
私が北海道に行ったということを起点に同期や前後のOBがこれだけ思い出して盛り上がることができた。海城の森は日高町の思い出の証拠として海城OBの宝物になってる。宝物はお金以上の価値がある!十分に海城の森から我々は何かを受け取った。
素敵な宝物をありがとう海城!と心から思うとともに、SNSってすごいなぁと改めて認識した次第。

なお、日高町からは「是非!皆さん海城の森を見に来てくださいね。修学旅行も北海道が復活できたらいいなぁ」との言葉を預かってきたので、ご紹介しておく。

画像上:日高町では海城の森の資料がきっちりあった
画像中:植林当時の看板。今はない
画像下:すっかり大木になったトドマツ

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