旧 広場
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| 淵田 建一様 投稿者 安藤 浩 (S34年卒) 大変丁重なる御返信拝読いたしました。興津君、岩崎君には、そのうちGOLFで会いますので、貴殿の寄稿文、お話しいたします。秋の文化祭(海城祭)は、本年9月17、18日の両日開催が決定いたしました。真摯な研究展示から、ダイナミックな、ロックバンドまで、多数入場の他校女生徒と相俟って、その華やかさには、圧倒されます。昨年開設した海原会サロンを、今年も開くべく、現在、展示の準備に入っています。年次別卒業アルバムや、校章入りT-Shirts、PoloShirts,GolfCapなども用意しておきます。新大久保の街は、Korean Townとして、大変貌を遂げていますが、Gumの甘き香り漂う通学路は、我々の頃とさほど変わっておりません。 今秋、母校でお会いしましょう。それまで、一層の御活躍を祈念いたします。 草々 |
| 安藤浩先輩メール有難うございました 投稿者 淵田建一 (S38年卒) 先日、当方でメール配信後、思いがけなく安藤先輩から心温まる返信を頂き大変うれしく感動いたしました。有難うございました。 野球部の興津、岩崎両先輩は存じております。興津先輩の弟さんとは同じクラスだったことを記憶しております。私も野球は大好きです。Golfもやりますが、一向に上達せず歯軋りしてるところです。 9月の[海城祭]是非参加させて頂ければと考えております。その節は安藤先輩をお尋ねしたいと思っておりますが宜しいでしょうか。 こんごともよろしくお願いいたします。こちらにお越しの折は、 ご一報頂ければうれしいです。御身くれぐれもご自愛下さい。 |
| 訂正(陳謝) 投稿者 安藤 浩 (昭和34年卒) 下記、淵田 建一様への返信中、お名前を誤って記し、大変失礼いたしました。どうか、ご容赦ください。 また、文中、昭和37年とあるのは、記述ミスです。33年と訂正いたします。 重ねてお詫びいたします。 |
| 淵田 健一様 投稿者 安藤 浩 (S34年卒) 貴殿、投稿記事拝読いたしました。68歳の現役バリバリ、頼もしくも羨ましくも、おもいます。清水 岬校長、国語、漢文の河原先生、なつかしいお名前です。河原先生、小さいねがねの奥に、優しい眼差しを湛え、「奥の細道」、「平家物語」、「方丈記」など、なつかしい授業の模様が、甦ります。 一方で、野球部の監督を長年なされ、あの優しい眼差しから、一変して、激しいノックをあびせていました。 確か昭和37年の都大会予選で、サウスポーの小松投手を擁し、都立東葛飾高に惜敗したとき、その悔しさを露わにしていたことを思い出します。我が学年では、その時、野見山君、興津君、岩崎君が、活躍していました。いまでも、彼らとは、海原34会Golf会として、年2回、同期の徳光会長も交え、楽しんでいます。Golfといえば、今秋、学園創立120年、海原会発足90年を記念して、海原会Golf会を開催するべく準備中です。詳細は、5月連休後発送する 会報に掲載する予定です。 その他、6月4日(土)の総会、9月第3週の土、日、に開催される「海城祭」での「海原会サロン」も、上京の機会あれば、お運びください。 草々。 |
| 劣等生が一念奮起で何とか社会に貢献 投稿者 淵田建一 (S38年卒) 私はS33年中学3年の編入でお世話になりました。高校は恥ずかしながら一年生を二回やり4年掛けての卒業となりました。退学も考えましたが当時の清水岬校長先生の挫けるなの励ましのお言葉を頂きそのお言葉が卒業後の私の人生に大きく役立ちました。大学を目指しましたが失敗し陸上自衛隊に志願して二年間勤務し精神面と体力を養い入隊一年後夜間の大学に入学し機械の勉強をして4年間で卒業しS45年大手の建設機械メーカに27歳で就職することが出来ました。セールスエンジニアーとして日本全国のゼネコン、ダム、高速道路等の工事現場を駆け巡り、仕事に携わりながら機械関係の国家資格取得をしそれが役立ち現在厚生労働省認可の教習機関で建設機械、産業機械、クレーン等の運転操作の資格取得の講師&試験管を68歳の現在も福岡で元気に働いています。高校時代は暗いときもありましたが本当に卒業出来て良かったとつくずく思います。学園関係者弛まぬご尽力により日本有数の優れた素晴らしい学校に発展して とても誇りに思います。当時学級担任だった川野先生、河原先生には心より 御礼申し上げます。益々の学園のご発展とOB会のご進展を祈念致しております。失礼申し上げました.819-0002 福岡市西区姪浜2-7-1-702 (092)882-1039 |
| 4年ぶりの海城新聞OB会を開催 投稿者 有野 廣 (昭和43年卒) 春一番のポカポカ陽気の平成23年2月25日、約4年ぶりの海城新聞部OB会を新宿ホテルセンチュリーサザンタワーで開催しました。参加者は昭和25年卒の梅澤さんから昭和43年卒まで、オブザーバー参加で「海原」編集委員の昭和27年卒山本さんを含め12名。 会は幹事の石原さんが用意してくれた、昭和40年3月発行の海城新聞100号記念号の話題で大いに盛り上がった。残念ながら私自身は昭和40年4月の入学なので101号からの関係になるのだが、当時は新聞クラブの中に社会部や写真部があった話など新聞社並みの組織と活動に圧倒された。持ち寄った黄色く変色した新聞を見ながら初期のころとの題字の違い、野村吉三郎さんとの対談話、運動会開催に合わせ朝日新聞社にお願いして社有機からグラウンドへの花束投下とその行動力にびっくり。また、全国コンクールにおいて編集内容がハイレベルということで朝日賞・毎日賞を獲得したこと、長年続いた女子校訪問シリーズ、新宿界隈の映画館への広告取りで顔なじみになり、担当者は顔パスで入館OKなど、思い出話に花が咲きすぎてあっという間の2時間のOB会でした。 30余人に亘る「会員の近況」が冊子として配られたのを見て、次回はもっと多くのメンバーを会に誘おうと約束し散会しました。 |
| 平成23年春のバドミントン部合宿 中止のお知らせ 投稿者 光楽 英生 (昭和54年卒) 先にお知らせしました平成23年春のバドミントン部の合宿は、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で中止となりました。【kaijo_badboys@yahoo.co.jp】 |
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