同期会・同窓会ひろば

50年目の修学旅行写真交換会と古希の総会に向け始動
投稿者:赤石 浩(昭和36年卒)
2011年11月25日(金)

50年目の修学旅行スナップ写真交換会を11月22日参加15名で開催しました。それぞれ好みの飲み物とおつまみを持ち寄り、思い出に浸り用意の写真に思い出を語り合い、今後も旅行会続行を今回の旅行委員長斉藤(邦)君に願いました。又、山田36会会長より来年の我々古希を迎えた総会開催始動宣言あり、大いに盛り上がりました。写真は全てCDに収めて
持ち帰りましたが、この期にパソコンを勉強開始宣言の会員も2〜3名あり、向学心喚起集会でもありました。

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平成14年卒 第6回学年同窓会
投稿者:黒岩直輝(平成14年卒)
2011年11月24日(木)

【日時】平成23年1月22日(土)
【場所】母校カフェテリア
【出席者】約15名

毎年恒例となった学年同窓会も今年で6回目を迎えました。先生方から海城学園についての近況報告(完全なる中高一貫化や最近の学生の様子等)がなされる一方で、卒業生からはそれぞれの分野で活躍する様子が報告されました。徐々に若手から中堅へと成長し、仕事もプライベートも充実させている同窓生の様子を共有することで、学生時代への郷愁を深めるとともに、今後の益々の活躍に向けて意識を高めあうことができました。

学年同窓会は今後も毎年同じ時期に開催する予定です。来年は高校卒業後10年という節目の年に当たります(平成24年1月14日〔土〕開催予定)。年々忙しさが増してくる時期だと思いますが、過去を振り返り、旧友と語り合うことで将来への活力を得ましょう!!これまで案内が届いていなかった方は海原会ホームページの「海原会へのお問い合わせ・ご連絡」までご連絡ください。同窓会に関するご意見もお待ちしておりますので、宜しく御願い致します。
(文責:矢野祐規)

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平成23年海原三三会報告
投稿者:前田昌則(昭和33年卒)
2011年11月11日(金)

卒業後53年、初参加2名!!
晩秋の爽やかな一日、同期三三会を楽しみました。
場所は若者の多い町高田の馬場ビッグボックスです。9階の宴会場に集まったのは昨年と同じ27名。
先ず、7月9日に他界された青葉益輝君のご冥福を祈ると共に、物故者に黙祷。司会進行は鈴木紀孝君と池内宏君。開会挨拶と乾杯は神影流25世、豊島一虎君で始められた。
卒業以来53年、初参加2名、小菅健義君と松原正幸君。大変嬉しい、幹事冥利に尽きるとはこのことか。近況報告で小菅君は国語が不得手で薬剤師になり、都下のあきる野市で薬局経営。松原君はバスケット部で活躍したスマートな体形は今も変わらず。古賀君からは今回の震災と放射能の影響を蒙った那須校の現況報告と、本年度から六年制一貫校となり募集を中学からとしたことの報告がありました。
校歌斉唱の後、大震災後の「がんばれ日本」を祈念して全員で万歳三唱をして散会した。

写真上段 集合写真
写真中段 校歌斉唱
写真下段 那須校の現況報告をする古賀君

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50年の¨空白¨を取り戻す古希前に「海城 36会」が念願の修学旅行を実現
投稿者:赤石 浩(昭和36年卒)
2011年11月8日(火)

昭和36年に海城高校を巣立った卒業生の同窓会「海城36会」が10月27・28の両日、50年ぶりに修学旅行を実現。この年の卒業生約350人のうち37名が参加し、世界遺産に登録された¨みちのく奥州¨の名刹・中尊寺を中心に1泊2日のバス旅行を楽しんだ。
海城高校の永い歴史を通して修学旅行が行われなかったのは、昭和36年の卒業生だけである。当時、前年の修学旅行で不祥事が起きたことを受け自粛の意味を込めて見送られたものだった。この事実は今や学校関係者にはほとんど知られていないが、一部では高校の唯一の¨汚点¨として意識の底に深く刻み込まれていた。
「海城36会」でも、当事者として同窓会のたびにこの事が話題になっていた。「何か大事なものを忘れてきた」という感概を持つ同窓生も多く、自然発生的に「みんなで¨忘れ物¨を取りに行こうじゃないか」という声が上がり衆議一決。東日本大震災の被災地を少しでも元気付けたいという意向も働いて、東北での「50年目の修学旅行」が実現した。
 当日の27日早朝は新宿駅西口に集合。総勢37人の中には奈良や浜松、甲府から駆けつけ、盛岡から現地集合の同窓生もいた。
「36会」の会長就任前に、6年前急逝した大西進君は遺影で参加。バスは高速道路を一路北上、松島に直行したが、車中での自己紹介ではそれぞれが自身の人生模様や現状を語り、中で役者として実績を持ち、齢70を前にして劇団を旗揚げした溝口舜亮君は(口あいて 臓物(はらわた)見せる石榴(ざくろ)かな」の心境頑張ります」と演劇への決意と支援を訴えた。
「修学旅行でアルコールは如何なものか?」の声もよそに早くもメートルを上げる仲間もいるなど道中、大いに盛り上がる。松島では日本三景を船で堪能した後、宿泊地秋保温泉に到着。食事に続いて二次会三次会と宴が続き、50年の時間を取り戻すように、一行は歓談に時間を忘れた。
2日目の28日は厳美渓、そして藤原氏三代の栄華を今に伝える毛越寺、平泉・中尊寺を見学し、午後9時前帰京。最後に古希を迎える平成24年、盛大に古希の会を開催することを申し合わせ、またの再会を約して散会した。
写真1 松島クルーズ波止場
写真2 秋保温泉 枕投げ前
写真3 中尊寺
                             以上
                             36会 書記 滝本 喬

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海原会昭和25年同期会
投稿者:梅沢喬二(昭和25年卒)
2011年10月25日(火)

▼胸突き八丁「傘寿」迎える
○日 時;平成23年10月13日
○場 所;「うすけぼー」南青山店
○出席者;20名
 秋も深まってきた10月13日、恒例の年次同期会を南青山の「うすけぼー」で開催。
 昭和25年(一九五〇年)海城高校卒のわれわれは、今年から来年にかけて、人生の八合目辺り、胸突き八丁の傘寿(満80才)を超える。平均寿命をやや上回ったわけで、まずは同慶の至り。
 しかし、同期の仲間約40%が鬼籍に入っており、寂しさを禁じえない。
 顧みると、われわれは戦争末期の昭和19年に入学のあと、翌20年には終戦、多くの仲間が目指した「海軍士官」の夢は消えた。
 それから、高卒までの5年間は、「解放」と「自由」の風潮がうねるように高まった時代、学業のかたわら、スポーツや文化活動になど、「部活」も大いに楽しんだ。
 このように、われわれは、まさに世の誰も経験したことのない大変な激動の時代を駆け抜けてきた。そうした少年から青春期、そして厳しい社会生活も60余年の彼方に流れ、人生80年の節目の同期会となった。
 この日は、世話人の尾上武郎君を進行役とし、永遠の旅に立った仲間たちの冥福を祈って黙祷を捧げ、足立和君の開会挨拶、秋山哲児君の乾杯音頭で宴に入る。すぐに談笑の輪が広がった。話題は、過ぎし日々の想い出やお互いの健康、そして家族のことなど、会場は大いに盛り上がった。
 宴たけなわ、この同期会の運営について各自が意見を述べたが、「止めよう」といった消極論は全くなく、なかには「出席者が2人なるまでやるべし」という提案もあり、今後の続行を申し合わせた。友よ! 来年もぜひお会いしましょう。なを、秋山君の祖父・秋山好古が主人公のひとりである「坂の上の雲」第3部(NHKスペシャル)が12月5日(日)始まる。
(梅沢喬二 記)

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