同期会・同窓会ひろば

小林先生を偲ぶ会
会報「海原」にも掲載しましたとおり、2月に亡くなられた小林先生を偲ぶ会が実施されます。主宰は海城OB有志です。偲ぶ会に先立ち、墓参もいたします。
会は7月7日に行います。詳細は以下の通りです。参加をご希望の方は6月中に海原会ホームページの「海原会へのお問い合わせ・ご連絡」にてご一報ください。
主宰 OB有志
実行委員長 栗岡(ラグビー部)
副委員長 益田(鉄研)
事務局 国井(文実・小林組)
墓参
7/7(土)
13:30西八王子駅北口集合
墓参のみの場合現地解散 偲ぶ会出席の場合電車で移動
偲ぶ会
7/7(土)
15:30受付開始
16:00より海城カフェテリアにて
終了18:00予定
会費
墓参のみ 0円
墓参と偲ぶ会 5000円
偲ぶ会のみ 5000円
※ 当日は小林先生がコレクションされていた珍しいお酒を形見分けとして多数取りそろえております。
画像:海原会報の記事より
昭和57年卒 3年9組クラス会
去る6月15日(金)、浜松町 新亜飯店(小龍包で有名!)において、昭和57年(1982年)卒
3年9組のクラス会が行われました。
当初の目的は、ロンドンに行く事になった石崎君の壮行会。理科コースらしく、医師4名、歯科医師1名、IT系2名、理工科系大学教授1名などといった顔ぶれ(中には文系就職したつわもの2名も)。
前回は、1年半前に「筒井組」と称して7名で行いましたが、今回は15名(うち1名は、二次会より参加)となり、想い出や近況話に花が咲き、3時間という時間は、あっという間に過ぎてしまいました。
今回、これだけ集まれたのには理由があります。
・個別に声掛け +3名
・海原会総会にて再会 +1名(+1名)
・facebookにて +3名(コネクションサーチ機能)
平日の開催だったにもかかわらず、久しぶりの再会を楽しみにして、皆が集まってくれました。2年間クラスを共にしただけあり、場も盛り上がり、お酒もすすみました。特に石崎君は、ロンドン赴任の先輩である、筒井君の話に熱心に耳を傾けていました。
今回残念だったのは、恩師である伊藤先生が来られなかった事と、地方組を呼べなかった事です。次回は、8月12日(日)に、開催が噂されている「同期会」に、地方組も含めて参加する事を誓って閉幕しました。
なお、出席者は以下の通り。
写真左より)西川正、歌橋和哉、山田陽一、筒井英光、亀山隆、大矢智博、野口俊也、上野隆史、浅野浩一、森本達也、永峯一慶、石崎一郎、金光裕幸、馬場崎徹、(錦織健太郎、二次会より参加)
ごめんな!4組のみんな。
僧正だよ、横山だよもちろん。卒業式の後の最終HRでクラス会幹事に、皆からドガチャガに任命されたのに、何もしてなくてごめん。(俺だって色々大変だったんよ、ここまで・・・)でも同窓会でちゃんと自主集結しててくれたんだね嬉しかったさ、
中野、オンモン、杉田・・・みんな、すぐわかったぜ。菅沼も。
「吉例・海城いろはがるた」って知ってる?俺がやった、卒アル4組のページに載せた、オンモンが考えてくれた戯文。(オンモンやっぱ才人ッスよ。)
あれ俺、今でも、そらんじてるの。(一字一句、自信あるよ。)これ書いて、今日はここでやめとくけど、爆笑だよ。
か まわずやろうよ若井さん
い じいじ一生げんめいさん
じ んぎ任侠、石井さん
よ うと名刺の藤堂さん
う るとら狂師、秀夫ちゃん
・・・なぁ、失礼きわまりないのばっかだけどさ、(元明さんのとか特に。)
うるとら狂師なんか、もういないんだぜ、涙出るよ、なぁ・・・。
五島アゲインか、いいねぇ・・・。
でもお前ら遅ェよ。俺なんか、もう15年くらい前に、新婚旅行で五島、
既に再訪しちゃってるもんね。(須崎先生が戻しそうになったって有名だった、大揺れの九州商船フェリーは往路/復路とも使わず、ジェットフォイルで行き(これも結構揺れた)、帰りはYS-11でテンボスに飛んだ。)
なぁ、あの旅行、楽しかったなぁ。菅沼が福江のホテルで幽霊に遭遇しかけたり、俺が流しそうめんトルネードにしたり。本当に「透明な海」というの、あのとき俺、初めて見たんだよ。
話は尽きないけど、俺もとにかく元気でやってる。
新大久保には、ある意味、海城時代よりマメに行ってっかも。
少女時代ファンに、なってまったから、(爆)。ジェシカ推し。
このサイトでもチョコチョコ取り上げられたんだけど、海城の夏の野球応援は、卒後も皆勤してる。
今年はね、(今日発表された)7/12木・対国学院戦。(時間と球場未定だが、俺は神宮の第1か第2と踏んでる。だって国学院、神宮の目の前じゃん、関係ないか。)
スタンドに必ず、僧正は来てるよ。会えたら、ちょっと、嬉しいな。
海原三五会が発足
6月2日の海原会総会に先立ち、教室を拝借して昭和35年卒の同期会が行われた。昨年は古稀という節目の年だったのか42名もの出席者があったが、今年は”ヒラ年”なので20名くらいかなぁと思っていたところ、何と39名も参集したのにはビックリした。
幾つかの決議事項があったが、主なものは
1 各クラスから2名の幹事が選出されたこと
2 同期会名を正式に海原三五会としたこと
である。これ迄は組織めいたものがなかったのでともすれば散発的な集まりであったが、これにより今後は定期的な集会を進めていく基盤ができた訳で、誠に喜ばしい。
続いて総会に出席したが、懇親会ではカフェテラスの2階に我々のテーブルを用意してくれてあったのがありがたく、一同、席を同じくして大いに昔話に花を咲かせることができた。また閉会後は有志で二次会へ。ここでも年を忘れて!意気軒昂ぶりを発揮した。
昭和57年卒 プチ同期会 30年ぶりの再会
昭和57年卒は卒後30年目の節目でした。私の所属した8組の有志約20名は、メンバーが変わりながらも卒後ほぼ毎年集まって旧交を温めてきました。節目の年に海原会総会へ出席すると徳光和夫会長から記念品をいただけるらしいということを知り、卒後30年目の今回、学校見学も兼ねて総会へ出席しようと話していました。
総会出席の都合がついた8組有志は6名、30年ぶりの母校でした。新しい校舎に「すごい建物だなあ」、グランドに「ちょっと小さくなったかなあ」、4号館や5号館(理科館)に「ここは昔と変わってないなあ」など思い思い。職員室や体育教官室の前では、自分たちが習った先生が「まだいらっしゃるかなあ」と思いながらも、「30年前だから当時30歳ならもう定年かなあ」などと言いながら、福島先生、須崎先生、中田先生、福田先生、斉田先生、内堀先生などのお名前を見つけて「あった!」と感激。カフェテリア下の売店では懐かしの「おばば」とご対面、とてもお元気そうでチョコレートをいただきました。
総会・懇親会では、さらに10名以上の同期と会うことができました。中には、ひとりの出席で「話し相手がいなかったらどーしよー」という心配もあったようですが、顔を見て話しているうちに徐々に30年前の記憶がよみがえり、中学や高1時のクラスメート、同じクラブなどいろいろなつながりも判明し、お互いに再会を喜び合いました。
懇親会終了後、さらに2次会へ突入しました。土曜日夕方の新大久保は韓流ファンの人たちでごった返しており、2件目の店にやっと入ることができました。そこで、一人ひとり、高校時代の思い出、近況など自己紹介をあらためて行いました。最後には「今後も、クラスを超えた同期会を定期的に行いたいね」ということになりました。30年ぶりに懐かしい顔に出会えて、50歳を目前に自分の原点を見つめ直すとても貴重な一日を過ごすことができました。
当日、確認できた同期は以下の19名です。
4組(菅沼一郎、杉田直孝、中野匡人、山口恩門)、6組(荒川 康)、8組(井上 崇、後藤 充、坂本一郎、玉置英也、配川尚士、槙 公雄、道野邦男、森 雅晶)、9組(歌橋和哉、永峯一慶、錦織健太郎)、10組(倉井健一、田中洋一郎、山中茂夫)
今回の再会を契機に、4組、9組ではクラス会の計画が進んでいるようです。最終的には「五島列島の旅 アゲイン」というドリームプラン(定年後?)も出ています。9組の永峯くんが「海城高校1982年卒」というfacebookグループも立ち上げてくれました。
この記事をご覧になった昭和57年卒同期のみなさま、久しぶりに高校の卒業アルバムを開いてみて、友人と連絡をとったり、クラス会を開催したりしてみませんか。
リニューアル以前の記事は旧 広場で見られます。