同期会・同窓会ひろば

海城祭・見てある記『どうしても褒めてあげたい』(2)
投稿者:WG 山本満男(昭和27年卒)
2011年10月8日(土)

 今年の海城祭は、120周年を記念して、「変遷」を旗印に盛り上げた。
そうか、1世紀とちょっとかぁ?歴史を感じる者にとっては、海城創立は日本が生まれたての文明開化に相当するだろう。その間の「変遷」はめぐるましい事象だったに違いない。

 今回初めての生徒の文化祭実行委員会の企画で、3階から6階までの階段の壁面を利用して、海城の「変遷」を少しでも知って貰おうと海原会の協力で実現した。それではお手並みを拝見しよう。
◆これはスバラシイ!
 何よりも驚いたのは自分の言葉で書いてるんだなあ。
よく勉強してるよ。ご立派。例えばこんなことが書いてある。
中段の写真を拡大すると、
≪海城の創設者ってどんな人?≫
むずかしいと思ったのか、
≪何か身近に海城の歴史がわかるものないの?≫
≪ハイ、2つあります≫とか
これがいいんだな、演出効果も満点だ。
 ただ残念だなぁ。会談の壁面は上り下りが激しくて、ゆっくり見られない。
全版の紙に13点。きっと夏休み返上でギリギリまで書いたに違いない。
見事な出来栄えだなあ。大人顔負けだよ。褒めてあげたい。

◆(下段の写真)この指揮者誰だかわかる?
甲子園に向けて海城野球の応援に行かれた方なら判るだろう。海城吹奏楽団の一員で、大田君と言ったかなあ。行くとこ、野球が勝っても負けても応援団席の一角で懸命にゲームに背を向けて指揮棒を振っている。

いた居た!教室のミニステージでアンサンブルを組んで準備をしていた。
たまらずマイクを持って解説をさせて頂いた。彼の野球場でのね。
満員のお客から拍手を頂いた。彼の指揮ぶりはカラヤンか、はたまた小沢征爾か、そんな感じ??。
 彼の演奏が始まった。あのリズミカルな演奏と思いきや、ビックリした。現代クラシックの不協和音的な演奏ではないか。私にはそう感じた。
これは吹奏楽の域を脱している。いわゆるウインドアンサンブルだな。
彼の熱演する姿はスバラシイ。もう来年の指揮演奏は見られない。無念
そう思うと、どうしても褒めてあげたい。

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昭和56年卒 5組(五十嵐先生)クラス会
投稿者:永尾 一彦(昭和56年卒)
2011年10月8日(土)

真夏の暑さが残る9月10日(土)、「新宿ライオン」で20数年ぶりのクラス会を開催しました。
連絡先がわからない者もいる中で、幹事の庄司君、林君、山本君と手分けして連絡をとりあった結果14名の旧友、そしてお忙しい中、2年間お世話になった五十嵐先生を囲み、30年前の思い出を語ったりや近況を報告し合うことができました。
外見は「名前が出てこない」程、変化?している者もいて30年の時の長さを感じました。しかし、話をしてみると昔のままの個々の内面や感性をそれぞれに見つけることができ、30年の時が経っても変わらない空気の中で楽しい時間を過ごすことができました。これからは定期的な開催を行うことを約束して散会となりました。次回はさらに賑やかな会になればと思います。

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JR古川駅(東北新幹線)コンコースに太田國廣氏の作品永久設置
投稿者:杉山紘千佳(昭和36年卒)
2011年10月7日(金)

昭和36年卒の海原会広報委員の杉山です。『美術の窓』8月号に同期の太田國廣君(画家、新制作協会所属)の記事が出ていたので紹介します、
以下は記事の抜粋です。

宮城県大崎市の玄関口古川駅は、新幹線で仙台からわずか1駅だが平泉ともつながりが深く、高い文化的背景を持った町にある。今回、駅のリーニューアルに伴い、洋画家・太田國廣氏の作品3点(大崎市所蔵)がJR東日本古川駅2階の新幹線コンコースに恒久展示されることとなった。先の震災のため、当初予定の3月から約2ヶ月半遅れての式典挙行である。
『万葉集』で大友家持が「産金の地」と詩ったこの地域にあって、金を全面に用いた太田作品は、黄金による風土のイコン化と言えよう。「悠久の黄金平野・大崎」は千手観音が、悠久の歴史と英知が連綿と続く大崎を見守る、未来永劫の発展と極楽浄土を願った作品である。地元の英雄伊達政宗とその妻愛姫が描かれた「悠久の時・政宗公と愛姫」は、勇猛な独眼竜が力強く、そして仏門に入った愛姫が慈愛の念を込めて、大崎を見守る「天空の楽園」は大崎市合併を記念して贈られたものだが、豊かな文化の土壌となった「産金の地」を象徴しているかのようだ。
それぞれの展示に、震災で被災した大崎の地に少しでも希望の光を感じてほしいとの祈りが込められている。

写真上 『悠久の時・政宗公と愛姫』2008年
写真下 記念式典にて
※『芸術の窓』8月号より

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ムーランルージュ新宿座と海城学園
投稿者:川崎真澄(教員卒)
2011年9月20日(火)

昭和21年11月2日、戦後初の本校文化祭の2日目に、
軽演劇の殿堂「ムーランルージュ新宿座」の公演がありました。
このことについて、6月以来、古典芸能部が調査・研究をしております。
調査にあたっては、ムーラン研究家にして、元参議院議員の野末陳平先生にご来校を頂き、レクチャーを賜りました。
そもそも、ことの始まりは、9月17日より新宿K'sシネマ(旧昭和館)にてロードショー中の「ムーランルージュの青春」を監督された田中重幸氏と顧問が知遇を得て、この研究は開始されました。
研究中、海城公演について、ムーランルージュの女優であった滝輝江さんの御証言が得られました(写真2はムーラン海城公演の主なメンバー。滝輝江さん蔵(右から6人目。昭和21年10月。新宿南口にて撮影)。
公演日の確定、公演の様子、招聘者などを調査するため、これまでに、
昭和22年~26年御卒業の皆様のご尽力を頂戴してまいりました。
とりわけ、沖為雄様、下村徹様、八尾俊道様、藤城能教様、石川達也様
には大変に有力な情報、および卓見を賜り、感謝申し上げます。
9月18日には新宿歴史博物館で行われた「ムーランルージュ新宿座開館80周年記念シンポジウム」へのお招きを受け、部員が研究成果を発表(写真3)。おかげさまでご好評をもって迎えられました。
また、遡りますが、8月10日にはNHK首都圏ネットワークで我々の取り組みが放映されました。
今回の文化祭では、山本満男様、片山忠美様にご協力を頂き、「海原会サロン」へ、研究のあらましを記したノートを置かせて頂くことができました。感謝申し上げます。
一連の研究、調査に対し、特に昭和20年代にご卒業の方々より関心をお寄せ頂いております。
研究の詳細につきましては、本校ホームページ内の「海城PRESS」にございます。ご一覧願えれば幸いです。と、同時に、当時の公演につきましてご存知の方は、海原会連絡室までご一報いただけますと幸いです。

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あった!自分の卒業アルバム!
投稿者:広報委員会(平成2年卒)
2011年9月19日(月)

創立から120周年もたてば、卒業アルバムは膨大な量になります。最古の卒業アルバムとしては大正8年のものが実在し、以後、戦後の一時期を除き2011年までほぼすべての卒業アルバムが資料室に保管してあります。
海原会サロンでは電子化済みの卒業アルバムを個人情報に配慮した形で自由閲覧とし、原本をサロンスタッフ随伴という形で閲覧可としました。

「捨ててはないけど、実家のどこかにしまい込んでいてどこにあるやら…」
「オレ、乱暴者だったから棒倒しに出させてもらえなかったんだ!」
「あなた、おじいちゃんにそっくりじゃない?」
「痩せてる!」
「面影あるだろ?あるって言えよ!」
海原会サロン内にいろいろな声がわき上がりました。

校舎は変わってしまいましたが、母校にお立ち寄りいただければ「あのときの私」に出会うことができます。次回の海城祭ではぜひ海原会サロンにお立ち寄りください。ご家族といらしていただければ、皆様が紅顔の美少年だった事実をスタッフ一同全力で証明させていただきます。

写真上段 証拠写真捜索中
写真下段 美少年時代の自分を発見できた方々

写真:立石博巳(昭26) 国井信男(昭62)

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リニューアル以前の記事は旧 広場で見られます。

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