同期会・同窓会ひろば

嗚呼・・・
投稿者:横山伸一(昭和57年卒)
2012年3月31日(土)

ねっからのアナログ人間&IT原人だもので、遅ればせながらこのウェブ海原を今回初めて拝見しました。そして・・・
 小林先生が、お亡くなりになったんですね。とても衝撃を受けています。
確か、先生は小生が5年位の頃に、早実からおみえになったかと記憶しています。(違ったらご容赦を。)
最初、中学を受け持たれたかして、今はなき名物の「本館」の前で、入学したての中学生達にその由来等を勇ましく解説していらしたお姿を、懐かしく想い出します。
 どの号の「海原」でも、先生のクラスがクラス会とか異様に盛り上がって開催され、その集合写真の上手もしくは下手端にいつも同ポジのようにキメて写っていた先生の姿。(それもどうも文面から拝察するに、担任されていないクラスまで、垣根を越えて大同団結されて集まっておられた由、まさに先生の人徳でしょう。羨望を感じておりました。
 一つ、お礼とお詫びを申し上げます。
まずお礼。6年の夏の高校野球の東東京予選。海城は初戦の神宮第一で、前評判の高かった黛投手を擁する国学院高と戦いました。小林先生はその三塁側・海城のスタンドに、ご自身の後輩である「早大鉄道研究会・応援同好班」の諸兄を連れてきて下さったのです。(早稲田って、鉄研とか漫(画)研とか、大所帯のサークルには、それぞれ趣味を同じゅうする下部組織というか同好班みたいのがあって、それがまた、優に通常のサークル並みの規模と組織になってるんですよね。)
 この試合、“当時の”海城だったので、珍しくもない悲惨なスコアで負けたのですが、わが海城野球部応援史上でも最高にレベル高く、盛り上がった応援を満喫することができたのです。それこそ六大の応援水準をそのまま海城のスタンドで展開してくれた、小林先生の後輩の方のおかげでした。この日、帰りぎわ、まったく面識すらなかったその早大生の中の一人に、心から「ありがとうございました」を言いました。
 そしておわびです。昨年(H23)、実はJR中央線の中で一度、先生をおみかけしたのです。お顔はもちろん、黒の(他では一度も見た事のない)「海城のスタジャン」みたいな服を着ていらしたので分かったのです。胸に海軍予備校の錨のマークが入ったやつでした。「小林先生ですよね!?」と話しかければ、磊落な先生のこと、(小生の顔などはご記憶でなくとも)「おぉ、そうだよ!」と言葉を返して下さったに違いありません。そうすればおそらくそれがきっと、生前の先生との最後の会話となったであろうに・・・。つい、照れがあって話しかけられませんでした。でも、それで良かったのでしょう。あの時もし、昔話のひとくさりなど語り合っていたら、今回のこの訃報に、さらにもっと悲痛な思いで接しなければならなかったのですから・・・。
 合掌します。加茂先生、山下秀先生、そして小林先生。(高齢の先生方が多かったですから、上述の、亡くなった事を耳にできた先生以外にも、鬼籍に入られた恩師は、実はかなりいらっしゃるのかもしれません。)せめて社会に名を成す事など叶わずとも、平凡な「海の子」として、「あのときはほんとうにありがとうございました。」と、せめて一言、お礼が言いたかったものです。

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